A猪木 対 C・マルコフ(1969.5.16)

昭和44年5月16日、東京体育館に於いて、日本プロレスが主催した第11回ワールドリーグ決勝戦が行われました。

この時点で、決勝に残ったのは日本勢からG馬場とA猪木であり、外人勢はB・ブラジルとⅭ・マルコフであります。

抽選の結果、馬場対ブラジルと猪木対マルコフのカードが組まれたのですが、第1試合の馬場対ブラジルは時間切れ引き分けで双方共に失格となり、第2試合の「猪木対マルコフの勝者が優勝」という特別ルールが組まれました。

当時24歳のA猪木はオレンジ色のタオルを首に巻き、タイツも同一のオレンジ色であります。(*セコンドは坂口征二)


一方の「ロシアの妖怪」マルコフは今大会ダークホース的存在だったものの、優勝候補のG・モンスーンの不調により、決勝に進出しました。

試合前のボディ・チェックの段階でマルコフが襲い掛かり、ゴングが鳴ります。


そのままマルコフのペースで試合が展開し、場外乱闘で猪木が大流血のピンチです。

リングに戻っても噛みつきなど、マルコフの猛攻は続きました。


しかし怒った猪木はナックル・パートで形勢逆転

 

最後は17分45秒、卍固めでギブアップ勝ち

馬場、坂口、星野らが猪木を称える中、第11回ワールドリーグを初優勝したのです。


当時の猪木ファンは「これで馬場と並んだ!」と思ったことでしょうね。

どうでもいい事ですが、私はまだ生後7ヶ月でした・・・