A猪木 対 ザ・デストロイヤー(1971.5.19)

 「80年代」ファンの私にしたら、「場外心中」と言って思いだすのは、やはり昭和61年3月26日、東京体育館での新日対UWF(5対5)に於ける、上田による前田との道連れ心中であります。

 まあ、それはともかくとして・・・昭和46年5月19日、大阪府立体育館に於いて、
日本プロレスが主催した第13回ワールドリーグ決勝戦が行われました。


 この時点で、決勝に残ったのは日本勢からG馬場とA猪木、外人勢はA・ブッチャーとザ・デストロイヤーであります。

 


 抽選の結果、猪木対デストロイヤーと馬場対ブッチャーのカードが組まれました。

 まず第1試合は、猪木対デストロイヤーです。

 猪木は前日、K・K・コックスに勝った事で辛うじて優勝戦に残りました。


 まずは猪木がレッグ・シザースやリバース・フルネルソンで、じっくりと「白覆面」を攻めました。


 しかし外人勢として初優勝を狙うデストロイヤーは逆にロープ最上段からのニー・ドロップ、ドロップ・キックと大技の波状攻撃


 そして、とどめは伝家の宝刀・足4の字固め!

 激痛に耐えながら、猪木は体を反転させます。


 そのまま両者は場外へ転落し、場外カウント20が数えられました。

 両者リングアウトの裁定で特別ルールにより、デストロイヤーと共に猪木も失格となったのです。

 結局、第2試合でブッチャーを倒した馬場が優勝。試合後、猪木は控室で馬場への挑戦を表明しました。

 

 この発言が首脳陣から体制批判と捉えられた猪木は後のクーデターの首謀者として疑われ、日プロを追放されたのです。

 

 そういう訳で、猪木ファンにしたら大変悔しい結末でありますが、以後の猪木伝説を思いますと、「人生転機のきっかけとなった試合」といえるかもしれません。

 さて、「70年代」の方々に於かれましては、「場外心中」が該当するのはこの試合ですかね?