A猪木 対 B・ループ(1979.1.12)

意外と猪木史伝説に語り継がれていないB・ループ

 1968年のメキシコシティ・オリンピックに全米レスリング・ヘビー級部門に出場し、
グレコローマン・ヘビー級部門で8位の成績を残しました。

 プロ転向後はラフにもシュートにも強いと言われ、昭和54年・新春黄金シリーズに新日に初来日(計3度目)し、1月12日の川崎市体育館で、猪木の持つNWFヘビー級王座に挑戦したのです。

 試合は猪木が後半から、ブレーンバスター、バックドロップ、ドロップキックと一気呵成に攻めました。



 ループも得意のショルダーバスターを繰り出し、反撃しますが、猪木はコブラ・ツイストを決めギブアップを狙います。

 

 この時、セコンドのG・マレンコがうま~く介入し、ループの反則負けが宣せられたのでした。



 決着戦が期待されながら、何故かリターンマッチが組まれず、猪木からフォール、ギブアップ負けを取られなかった1人として、B・ループは名前を残したのです。(*反則決着のみなので、逆に猪木の名勝負として語られていないのかもしれません)

 実はこの試合、前半のグラウンドの攻防で、ループが猪木を圧倒した感があり、一部では「(ある時間までは)シ〇〇〇だった」とも言われました。

 

 再戦が行われなかったことと関係があるのでしょうかね