母指手根中手関節単独脱臼について


<目的>

手根中手関節(CM関節)脱臼は母指に好発し、一般に脱臼骨折になりやすいと言われます。

今回、当院で治験した母指CM関節単独脱臼について検証しました。


<方法と対象>

母指CM関節単独脱臼3例について、発生機序、症状、治療内容を検証した。3例の内訳は完全脱臼1例(63歳男性例)、不全脱臼2例(65歳男性例、71歳男性例)である。

<結果>

3例とも治療経過上において問題なく、受傷前と同様の状態に復した事により、治癒に至ったと評価した。


<症例供覧> 63歳男性 右母指CM関節脱臼(発生機序)自転車に乗っていて、段差に躓いてハンドル操作を誤って転倒し、母指を強打し負傷

(症状)外見上第1中手骨底は突出し、手及び母指は短縮して見えた。激しく自発痛を訴え、母指及び手関節運動は不能であった。X線検査を依頼し、母指CM関節で第1中手骨が背側近位端に完全脱臼し、大菱形骨の背側に位置しているのを確認しました。


(徒手整復法)患者座位とし、術者はゴム手袋をはめて一手で脱臼母指を把握し、他手で手根部を把握。

①手関節を背屈かつ橈屈。②母指を長軸方向に牽引。③牽引を緩めず徐々に橈側芸転して、突出部を圧迫して整復を完了しました。(固定法)手関節軽度背屈位、母指外転位、母指CM関節軽度屈曲位の肢位で、アルフェンスを背側に当て、前腕遠位端部から母指IP関節までを固定し、三角巾にて提肘しました。


(後療法)2日目より手技療法を施しながら、包帯交換を行い、肩・肘の自動運動を行わせました。患部が安定した3週目より、固定を合成樹脂副子に変え、固定範囲を縮小し、手関節・IP関節の自動運動を開始しました。4週目にMCP関節の自動運動を開始し、5週目に副子を除去して包帯のみの固定として、CM関節の自動運動を開始しました。7週目に固定を除去し、CM関節の抵抗運動を開始。12週で症状消失し、日常生活動作完全復帰により。治癒と評価しました。

 

<考察>母指CM関節は大菱形骨と第1中手骨底との間で鞍状構造を有し、関節包は周辺靭帯で補強され、長母指外転筋等の筋群によって関節の安定性が保たれています。


<考察>母機能的には屈曲、伸展、内転、外転と独特な可動性と安定性があり、対立運動を可能にし、よって第1中手骨は他の中手骨と比較して広範な可動域を有してます。当脱臼はほとんどの例でベネット骨折など、脱臼骨折が多く、単独脱臼は稀とされていますが、決して皆無ではなく当院では20年間で不全脱臼の2例を含む計3例の単独脱臼の遭遇例がありました。


発生機序としては3例ともに60歳以上の中高年層であり、骨自体の脆弱以上に関節周辺靭帯の弾力性や柔軟性が低下することで、今回の受傷では骨折せずに脱臼のみが発生したと考えられました。先ほど紹介した63歳男性例では、自転車のハンドルを握ったまま転倒したことで、第1中手骨が軽度屈曲した状態で、長軸方向からの強い軸圧力が加わって生じたのではないかと考えられました。症状確認では当院で視診、触診後にX線検査を依頼し、単独脱臼を確認した後に整復操作に入りました。徒手整復の際は汗による手の滑りを防ぐためにゴム手袋をはめて行いました。整復操作では手関節を背・橈屈、母指を橈側外転することで外転筋の弛緩、内転筋を緊張させ、周辺筋を利用した状態で、突出した第1中手骨を圧迫しました・


固定は整復肢位で行いましたが、整復後も患者が患部の不安定感を訴えられましたので、IP関節までアルフェンスにて固定しました。

後療法では再転位しないように気を付けながら、患部の状態をよく観察し、運動療法の時期を見極めました。

今回は早期から他関節の自動運動を行わせ、血液循環を図ったことも機能回復を早めた要因と考えられました。


ベネット骨折などの脱臼骨折は整復保持困難なことから保存療法が難しいものもあります。しかし単独脱臼の場合、適切な処置を施していけば確実に完治に導くことが可能となります。非常に稀な疾患でありますが、今後も症例数を増やしていくことで、当脱臼に於ける治療の標準化を図りたいと考えております。

 

<結語> 今回母指CM関節単独脱臼について検証しました。決して皆無な脱臼ではないので、今後も適切な治療と対応ができるよう更なる学術の研鑽と技術の向上に努めたいと考えます。

(*2017年、大阪で開催された日本柔道整復接骨医学会で発表した内容です)